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2017年4月

2017年4月29日 (土)

俳句は体力……

私には、それなりに俳人の知人がいる。
そのなかのひとり、「N」さんの句。


   幾度もおのが身を嗅ぐ野焼あと


   梟や木の虚は木の太き耳


   木の匙の先の見えざる葛湯吹く



……とくに二句目がすごい。


俳句は訓練で上手になるが、
やはり、表現しようのない「感性」が大事だと思う。

そしてその感性を養うのは、多くの句を読み、
多くの句をつくることだろう。

最近、作句のペースが落ちている。
体調がいまひとつであるせいもある。

たとえば胃の調子が悪いと、俳句に集中できない。
集中力がないと、ひらめきも生まれない。

元気なときは、2、3時間ぶっ続けで
上手下手はともかく、50句ぐらいできたりするものだ。

俳句は体力でもあるのだ。



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2017年4月28日 (金)

ディキンソンなど

今日は雲ひとつない快晴なのだが、
いまひとつ体調がしっくりしない。

それでも少し近所に散歩に行ってこようか……と。


    かたまつてゐる金雀枝の光かな   一行


    金雀枝や放恣でもなくふくらめり   一行


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水は、のどの乾きが教えてくれる  エミリ・ディキンソン


   水は、のどの渇きが教えてくれる。

   陸地は――はるばる通ってきた海が。

   歓喜は――苦痛が――

   平和は――戦いの物語が――

   愛は、形見の品が――

   小鳥は、雪が。



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2017年4月27日 (木)

再び、久保純夫先生

久保純夫先生の句集から、いくつか。

    木蓮よ「その白い魔女を風葬に」   純夫


    羊歯軋む井戸まで森のかわいた径   純夫


    ぎるぎると釣瓶で水汲む毛深い猫   純夫


    乾いた手ばかりで摑む夕餉の蟹    純夫



    ひとりうなずく猫の仔峠に沈む椅子   純夫



うーん。あえて五七五を破っている感じだなあ。


かと思うと別の句集では、


    黒板に濁点残る秋の暮    純夫


    鶏頭のうちなる色を問われけり   純夫


というものもある。いずれにしてもアバンギャルドだ。


    砂時計耳を澄ませば火の匂い   純夫


これは、無季か……。

今度の三鬼賞、頑張らねば……。






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2017年4月24日 (月)

久保純夫先生のこと

先日の、曲水の宴俳句大会で、
久保純夫先生の特選をいただいた。



    春光やもつとも薄きてのひらへ   一行


それまで久保先生の句集は、ここまでの句をまとめたもの
しか持っていなかった。

すぐ購入。

いろいろな画家の絵からイメージされるものを俳句にしたものだ。

『日本文化私観』


まず冒頭が、舟越桂 である。
句集には絵はないので、想像するしかない。
これで絵があれば完璧だったと思う。


    紅梅にいくつかありぬ向う傷   純夫


    女から変わってゆけり葱坊主   純夫


    夕櫻後ろ手に縛られて来るよ    純夫



どうやら、宗田安正先生が三鬼賞選者に推薦したのでは。
漢字はすべて旧字体で、仮名は現代かな。

この不思議な世界が、なんとも言えずいい。


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2017年4月21日 (金)

再び、望月周と対馬康子

望月周の強みは、おそらく徹底した「写生」をやってきたことだろう。
だから、一見写生とは無縁に見える俳句も、
「モノ」に託されて詠まれている。

対馬康子さんもおそらく写生をやってきたはずだ。
しかし、この人の視線は見えないものを見る、とでもいうように
自在に飛ぶ。

そのときだけは、写生とは関係ない、
心のひだのようなものをすくい取ったものが多い。


   星流る生まれる前という混沌   康子


かと思うと、


    象潟の波の音する紅葉かな   康子


という写生とも心象句とも腑分けできない句もある。

ここがこの人の最大の魅力だ。


しかし望月周は、根っ子にどしっとした「写生」がある。


    一本の冬木をめがけ夜の明くる   周


    蝋燭が火より短し夕蛙    周


    生きてゐる時計がひとつ夏館   周


取り合わせが、ギリギリなのだ。
そして、「これしかないだろう」というものと合わせる。

どちらも俳句。

今のところ私は、どちらもつくっている。
両方つくっていって、自分の世界観はできるだろうか。



    冬木立にんげんの業貼り付きぬ    一行



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2017年4月20日 (木)

望月周

数年前に「角川俳句賞」を受賞したのが、この俳人。
「百鳥」の同人だ。
百鳥というと、有季定型、客観写生の結社で、
主宰の大串先生はどういう縁か、愛媛県の俳句欄の選者である。

おそらく「基礎」を徹底的に……という意図もあるのだろう。
この「愛媛俳壇」に選ばれる句は、
はっきり言ってつまらない。

だが望月周が百鳥の同人と知ったとき、
意外とこの結社は、堅苦しくなく、
望月周のような俳句も受け入れる「度量」もあるのだな、と思った。


    九官鳥同士は無口うららけし   周


    火の中を火の粉のとほる寒さかな  周


    流れ星贈らんと連れ出しにけり   周




これなんか最高だ。


    卒業子オーロラを見にゆくといふ  周


    灯台に幽閉されて見たき春   周


    聞きとめて聞き捨てにけり春の雁   周


    風光る風紋消えてゆきにけり   周


骨法がしっかりしているんだろうな。
対馬さんのような句もいいが、こういう句もまたいいものだ。




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2017年4月19日 (水)

ジプシー詩人 パプーシャ

DVDも出ているのだが、まだ見ていない。
オールモノクロの映画だそうだ。

「パプーシャの黒い瞳」

もともと「文字」を持たないジプシーだが、
彼女は独学で読み書きを覚える。
そしてそのことが悲劇につながる……。


   森よ、わが父よ


 森よ、わが父よ、

 黒い父よ、

 あなたは私を育て、

 あなたは私を捨てた。

 あなたの葉は震え、

 私も葉のように震える。

 あなたが歌い、私も歌う、

 あなたが笑い、私も笑う。

 あなたは忘れなかったし、

 私もあなたを覚えている。

 おお、神様、私はどこへ行けばいい?

 何をすればいい、 どこから

 おとぎ話と歌を取ればいい?

 私は森へは行かない。

 川にも出会わない。

 森よ、わが父よ、

 黒い父よ!





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2017年4月16日 (日)

再び、エミリ・ディキンソン

この詩人の詩は、どれも短い。
メモのようだ。
生前は1冊も詩集を出さず、死後、遺族が膨大な詩篇を
発見したと言われている。

どの詩篇にもタイトルはない。
タイトルは死後つけられたものだが、
ほとんどすべて、詩の1行目である。



   ことば


口にだしていうと

ことばが死ぬと

ひとはいう

まさにその日から

ことばは生きると

わたしがいう




  わたしの小舟が


わたしの小舟が沈むなら

そこはもうひとつの海です

死ぬことの第一段階

それは永遠を生きることです



無駄に長いより、ずっと心に響く。




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2017年4月15日 (土)

エミリ・ディキンソン

エミリ・ディキンソン という名前を初めて聞いたのは、
サイモン&ガーファンクルの「夢の中の世界」だった。



    君は君のエミリ・ディキンソンを読み
    僕は僕のロバート・フロストを読む


上京してエミリ・ディキンソンの詩集を買い、
こんな一節に惹かれた……



     とある季節があり
     
     そこでは年月は夏至を侵さない


     太陽は永遠に真昼をつくり

     完全な季節がそこに従う



考えてみれば、20歳の頃、こういう詩を書けばよかったと
今になって思う。

帷子耀 のワケのわからない詩に振り回されていたが、
もっといろんな詩人の詩を読むべきだった。

ランボーも、もっとしっかり読めばよかった。


パウル・ツェランもそうである。


今回、ふとしたきっかけでエミリ・ディキンソンを読み直している。
持っている詩集に収録されてない詩を読みたくて、
5000円も出して1冊の詩集を買ってしまった。


わたしは誰でもない  川名澄 訳


ひとつの心がこわれるのを


ひとつの心がこわれるのを止められるなら

わたしが生きることは無駄ではない

ひとつのいのちのうずきを軽くできるなら

ひとつの痛みを鎮められるなら




弱っている一羽の駒鳥を

もういちど巣に戻してやれるなら

わたしが生きることは無駄ではない



……いいなあ。今度の第三詩集、最初から見直そう。
やっぱり生硬な概念語が多く、
何を言いたいかが伝わってこない。


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2017年4月10日 (月)

曲水の宴俳句大会-4

4月2日が曲水の宴俳句大会だった。

早めに衆楽園に行って、先生をお待ちした。
谷子先生は、やはり少しゆっくりの歩きだったが、ご挨拶すると、

「お久しぶりねえ。なかなかいらっしゃらないから、
何かお障りがあったのではと案じていました」

……涙が出そうであった。
聞けば足を骨折してチタンが入っているらしい。

    *

今年の曲水の宴俳句大会の結果発表は、
曲水のそばの屋外で行なわれた。
ちょうど正午頃からの発表で、暑いぐらいだ。
日射しもきつくなっていた。

今年は3人の選者、すべてが参加されていた。
谷子先生、茨木和生先生、久保純夫先生。
屋外で、しかも3名の選ということで、
それぞれ特選1句、入選10句。
選評も短くまとめられていた。

最初が谷子先生の講評。何と私は、入選10句に入っていた。

   四ツ辻の花海棠まで引きかへす 一行

これは「挨拶句」ならぬ「挨拶選」だろう。だが嬉しかった。

「何と言うことのない句で、新聞の投稿欄などでも見かけます。
花海棠が紫陽花でも菜の花でも句は成立します。
しかし、花海棠でなければならないと強く選者に思わせる力……」

これまた、ありがたい選評である。


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11句の選評を10分少しだったが、相変わらず切れは見事。
3年前より多少「元気さ」はなくなっていても、
谷子先生のままだった。

   *

次の茨木和生先生の選には入らなかったが、
最後の久保純夫先生では、特選!

久保先生とは初対面で、「お情け」も入ってないから、
さらに嬉しかった。

   春光やもつとも薄きてのひらへ  一行

選評もよかった。

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「今日のような春の光がてのひらに当たる。何と言うことはないようだが、最も薄き……こういう言葉の発見がこの俳句を際だたせていると思う。薄きというはかなげな雰囲気が春の光と相まって、これまでの人生なにをしてきたてのひらなんだろう、薄いとはいえ、凄いてのひらなのではないか……」

こういうふうに読んでいただくと、何でもない句が名句に見えてくる。

   現世に触れているなり絲櫻  純夫

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今年11月締め切りの句は、気をてらわずに、自分の句を出そう。
そして、せめて佳作に!
そうすればまた表彰式に招待される。

あの時間はまさに「至福」だ。


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2017年4月 9日 (日)

曲水の宴俳句大会-3

津山市は西東三鬼を生んだこともあり、俳句の盛んな街だ。
曲水の宴俳句大会は、「衆楽園」という庭園にある、
1周200mの水路に、
朱塗りの盆を流し、参加者はそこに句を書いた短冊を乗せる。

1周約10分。若い巫女さんが、戻ってきた盆から短冊を取り上げ、
それを選者の先生方が選び、講評がある。
3年前は谷子先生と宗田先生が選者だった。

私は、どういうふうにしていいかわからず、
全10句をいきなりつくるのも難しく、
それまでつくった句を少し変えるなどして、
何とか10枚の短冊を盆に置いた。

そして結果発表――。大広間のようなところで行なわれた。
最初は谷子先生である。特選1句、入選20句だったと思う。
ここで「入選」に選ばれたのである。

句はすべて墨書され、
大きな掛け軸がズラリと並んだようで壮観だった。

   春の水迅きところのうすみどり 一行

このときの谷子先生の選評は、まさに芸術品だった。
決してけなさない。
「こんなふうにも解釈できるのか」という深読みをしていただく。

「深読みの谷子と言われていまして……」

とすべての句を淀みなく、30分以上かけて講評していく。
見事の一語に尽きた。

しかもずっと立ったままである。

「迅いところは明るい緑色、では遅い場所、淀んだ場所はどんな色でしょうか。そういう想像もさせてくれます。また、春の水 という純潔とも言える季語が、うすみどりと響き合って……」

いやあ、参りました! であった。




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   *

次が宗田先生。

係の人が句を貼り出していく。その1番目に私の句である! 
特選だ。

   ゆゑあつてこの空にゐるつばくらめ   一行

宗田先生はまず、

「選評というものは、こうするのだという見本を見せていただいた」

と谷子先生の選評に敬意を評する。

「私は寺井先生ほど上手ではないかもしれませんが……」

――と、おっしゃって選評を始めたのだが、なんの、なんの。
こちらも見事!

「世の中のことにはすべて理由がある。理由のない結果などない。燕が津山に来て、ひと夏を過ごすのも、偶然ではなく必然なのです」

――と、これまた、恐れ入りました、である。

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私は単に、「ゆゑ」という単語を使いたかっただけなのだが……。

直筆の色紙もいただいた。

   *

津山から岡山までは、同じ電車だった。岡山では、

「来年もいらっしゃい!」
「はい!」

とまあ、俳句をやって良かったという津山行きだった。

だが、その年の8月に階段から落ちた。
足を滑らせたのではなく、まったくの無意識のまま受け身も取らず、
頭からダイブするように13段を転げ落ちた。

意識があれば頭をかばうから、
手の骨ぐらい折れていたかもしれない。
しかし無意識のままだから、顔はボコボコ。
額と頬を階段の角にぶつけたのか、
血だらけで救急搬送された。

骨も折らず捻挫もなく、内臓損傷もない……奇跡的だね、
と言っていた1カ月後、手足に力が入らなくなった。

あわてて脳外科を受診すると、
子供のてのひらぐらいの血だまりが両側頭部にでき、
それが脳を圧迫していた。
脳の細い血管が切れ、血が少しずつ溜まっていったのである。

慢性硬膜下血腫。

数日後、両側頭部の頭皮を切り、頭蓋骨にドリルで穴を開け、
管を入れて血腫を「洗い流す」(生理食塩水?)手術を受けた。

脳外科では盲腸並の手術らしいが、
何と言っても脳をいじっている。
加齢も加わったのか、以来ものすごく疲れやすくなった。

それでも傾向と対策を練って、「佳作ぐらいには入るだろう」と
年末に投句。
しかし、選外佳作にも入らなかった。
次の年も、今回もかすりもしなかった。

   *

そんなとき、ネットの動画で谷子先生の講演を見た。
3年前は50代のようだったのが、
さすがに少し弱ってきたように見えた。

それで今年も選外佳作にも入らなかったが、
曲水の宴俳句大会のためだけに行ってきた。

宗田先生は選者を辞められたが、谷子先生とはご挨拶したかった。

3年前と違い、私もかなり衰えた。
津山に行くだけで一生懸命である。
3年前は津山の桜は満開だったが、今年はまだ咲いていない。
でも、3年前の約束もあった。

                            <続く>


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2017年4月 5日 (水)

曲水の宴俳句大会-2

2013年春に東京から愛媛に引っ越してきた。
いったん「仮住まい」のマンションに入り、一戸建てが完成する秋に
再度引っ越す……というダンドリである。

ところが、マンションに荷物がすべて入らない。
膨大な本の量のせいだ。そこで急きょ、同じマンションのもう一室を借りて、
本だけそこに入れた。
ガスも水道も電気も使わないから、3LDK3万円。
住む部屋は7階で、間取りは同じ3LDK 7万円。

仕事部屋からは瀬戸内海が見え、玄関を開けると正面が四国山脈という
絶好のロケーションである。このままここに住もうかと思ったぐらいだ。

しかし古いマンションの最上階ということもあり、夏の暑さは半端ではなかった。
一戸建てへの引っ越しは、その年の12月になった――。

   *

岡山県津山市は、西東三鬼の故郷である。
そのため三鬼の名を冠した「西東三鬼賞」というものがある。
その投句締め切りが11月末だった。バタバタしていたので、さーっとつくって投函。

翌2014年1月に、まだ段ボール箱いっぱいの新居に、
津山市教育委員会から封筒が届いた。
「ん? ああ三鬼賞か。残念ながら、という報せだろう」
と封を切ってみると、
「秀逸に選ばれましたので授賞式に」というものである!

特選1句、秀逸10句。3000句以上の投句の中から、選ばれたのである。

   ヤスクニは蟬の生まるる場所であり

句は地元の書家が墨書して、会場に飾られている。
私は帰ってきてそれを掛け軸に表装し、和室に飾ってある。

   *

……そんなわけで2014年4月、津山に行ってきた。
授賞式のあとは懇親パーティがあり、選者の寺井谷子先生、宗田安正先生の隣のテーブルになった。
私は持参していった、先生方の句集にサインをお願いしたのである。

一行様
   地球の芯に
     水流るるや
       秋の蟬       谷子

一行様
   空蟬の
    とつぜん育つことのあり   安正



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非常に刺激的な時間だった。
両先生とも70歳を超えているのだが、
とくに70歳の谷子先生などお着物がビシッと決まり、
声も張りがあって、50代かと思えたほどだ。

そういうわけで先生方とも、すっかり親しくなった。
その翌日が、曲水の宴俳句大会だったのである。

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                                          <続く>



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2017年4月 4日 (火)

曲水の宴俳句大会-1

1日から、岡山県津山市に行ってきた。
曲水の宴俳句大会に参加するためである。

衆楽園という庭園にある一周200mの水路に、
朱塗りの盆を流す。
そこに句を書いた短冊を参加者が乗せ、
一周してきたものを二人の巫女さんが取り上げ、
先生方に選句していただく、という雅なもの。

実はこれについて、かなり長く書いたのだが、
途中で変なことになり、全部消えてしまった。
詳しくは明日か明後日に。

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