2017年5月26日 (金)

初夏から梅雨へ……

このぐらいの季節が、1年でいちばん過ごしやすい。
しかし、もうすぐ梅雨だ。

何がイヤかと言って、梅雨ほどイヤなものはない。

そもそも私は「荷物持ち」である。やたらといろんなものを持つ。
喫茶店で本を読もうと思っても、
どれにしようか迷って数冊持って行ったりする。

仕事柄「紙」「本」も多い。

普段ならいいが、梅雨は傘が加わるし、
荷物を濡らしてもいけない、と、汗びっしょりになることも多い。


    首すぢにぬるき水あり走り梅雨   一行


    風景の歪み流れて梅雨近し   一行



……うーん、イマイチだ。体調がよろしくないと
イメージが非常に貧困になる。

俳句も体力なのだ。


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2017年5月25日 (木)

エミリ・ディキンソン、再び

エミリ・ディキンソンの名前を最初に知ったのは高校時代。
サイモン&ガーファンクルの『夢の中の世界』という曲に、


  君は君のエミリ・ディキンソンを読み

  僕は僕のロバート・フロストを読む


と言う歌詞があった。
上京して二人の詩集を入手して、凄いと思った。

エミリ・ディキンソンとロバート・フロストは、大きく作風が違う。
つまり、恋人たちの微妙なすれ違いをあらわしているのだ。



   わたしの小舟が沈むなら

   そこはもうひとつの海です

   死ぬことの第一段階

   それは永遠を生きることです

        (私の小舟が)





   夏のそらが見える

   それが詩である

   本になんかないのである

   まことの詩は逃げる

      (夏のそらがみえる)



   とある季節があり

   そこでは年月は夏至を逃がさない

   太陽は永遠に真昼をつくり

   完璧な季節がそこに従う

        (とある地域があり)


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2017年5月23日 (火)

久しぶりにエミリ・ディキンソン

この人の詩は、たまらなくピュアだ。
死後、膨大な「メモ」が見つかった。

メモだからすべて短い。詩のタイトルもついていない。



 口にだしていうと

 ことばが死ぬと

 ひとはいう

 まさにその日から

 ことばは生きると

 わたしがいう



小難しく、理屈っぽく……最近の現代詩はそうなってきた。

しかし詩はやはりこうでなければいけないとも思う。


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2017年5月22日 (月)

望月周の堅牢さと自在さ

望月周さんは、「百鳥」の編集長である。
大串章先生主宰の、この結社は、
どちらかといえば「伝統的」「基本的」俳句である。

しかし望月さんの句は、しっかりした写生句でありながら、
「へー、そう見るか!!」
という驚きの連続。


    白きもの白く塗り直されて夏   周


    朝涼し馬の褒め方叱り方   周



    寒鯉の金色の口中を見す   周


    遠火事の百年燃えてゐるごとし   周


    生きてゐる時計がひとつ夏館   周



とくに最後の「夏館」の句は、出来そうで出来ない。

こういう句をさらさらとつくれるようになりたいのだが……。


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2017年5月12日 (金)

再び対馬康子

望月周さんの句もいいのだが、
従来の俳句の枠を越え、しかも何かを強く主張するでもなく、
あくまで抒情的な対馬康子さんの句に、やはり惹かれる。


    花筏一筆箋のごとくあり   康子


花筏が延々とつながる様子を「一筆箋」のようだと詠む。
これは、できそうでできない。

かと思うと、


    突き出して野の色となる心太   康子


    水鉄砲夜のにおいの方へ撃つ   康子


という、詩的すぎる世界もある。
対馬さんの句が「異端」ではなく、ごく当たり前の俳句として読まれる……

そういう俳句界になってもらいたいものだ。

と言っている私は、まだ写生の入り口でウロウロしている。
あっと驚く写生句は、結社の壁を超えるものだ。

頑張ってつくっていきたい……。




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2017年5月11日 (木)

正木ゆう子

正木ゆう子の俳句は新しいようで、変に気をてらってもいない。
私の好きな俳人のひとりだ。


    語り出す流木もあれ春の月  ゆう子


    大潮の海なまぬるき水雲採り   ゆう子


    夜光虫の浜にも出ずによく眠る   ゆう子


今月末が「角川俳句賞」の締め切りだ。正木ゆう子は選者のひとりである。
全部で50句。まだ20句ほどしか出来ていない。

これからラストスパートで、なんとかつくりたい。


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2017年5月 8日 (月)

GW終わる

もったいないGWだったが、明日からちゃんと動こう。



    逃水も死もまたゆがみたる円周   康子


    鳥の巣の形見のごとく水辺の木   康子


    重い砂鉄川飛ぶ虻の夜の貌   康子



……うーん、たまりませんねえ。

日曜日の愛媛新聞に、久しぶりに句が載った。



    春愁や円周率に終わりなく   一行


選んでもらったのは嬉しいが、もう少し「ハッ」とする句を
つくりたい。


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2017年5月 7日 (日)

立夏

GWも終わろうとしている。ずっと好天だったのに、
ゴロゴロしてばかりだった。

そして5日は「立夏」である。何年か前、


    路地風の捻れて来たる立夏かな   一行


という句が毎日新聞に掲載された。
以来「捻れて来たる」は、けっこう使い回している。

4日は寺山修司の命日。


    ポシェットにチェホフを入れて修司の忌   一行


    ふるさとは変はらぬままに修司の忌   一行


    修司忌や半島の道のびやかに   一行


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2017年4月29日 (土)

俳句は体力……

私には、それなりに俳人の知人がいる。
そのなかのひとり、「N」さんの句。


   幾度もおのが身を嗅ぐ野焼あと


   梟や木の虚は木の太き耳


   木の匙の先の見えざる葛湯吹く



……とくに二句目がすごい。


俳句は訓練で上手になるが、
やはり、表現しようのない「感性」が大事だと思う。

そしてその感性を養うのは、多くの句を読み、
多くの句をつくることだろう。

最近、作句のペースが落ちている。
体調がいまひとつであるせいもある。

たとえば胃の調子が悪いと、俳句に集中できない。
集中力がないと、ひらめきも生まれない。

元気なときは、2、3時間ぶっ続けで
上手下手はともかく、50句ぐらいできたりするものだ。

俳句は体力でもあるのだ。



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2017年4月28日 (金)

ディキンソンなど

今日は雲ひとつない快晴なのだが、
いまひとつ体調がしっくりしない。

それでも少し近所に散歩に行ってこようか……と。


    かたまつてゐる金雀枝の光かな   一行


    金雀枝や放恣でもなくふくらめり   一行


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水は、のどの乾きが教えてくれる  エミリ・ディキンソン


   水は、のどの渇きが教えてくれる。

   陸地は――はるばる通ってきた海が。

   歓喜は――苦痛が――

   平和は――戦いの物語が――

   愛は、形見の品が――

   小鳥は、雪が。



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