2018年10月17日 (水)

再び『凡そ君と』

肇さんの句はあたたかい。
最初はすーっと読めて、あとでじわっと効いてくる、というか。
それでいて、どこか深く、ときに不穏さも感じさせる。

幅広いんだろうなあ。見習いたい。


   羽抜鳥戒厳令の街の昼   肇


   昼顔を嗅ぐときは夜の顔をして   肇


   猪牙舟の水路の跡を糸蜻蛉   肇


   水無月のよく飛ぶ妻の竹とんぼ   肇


   紙魚がもう真犯人のところまで   肇


……どこか怖さを感じる句群だ。
とくに「昼顔」の句は脱帽。



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10年ほど前につくった。
稚拙な「つくり」だが、気が向いたらぜひ。




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2018年10月16日 (火)

尺蠖の道 2

この句集は深い。
バラエティに富んだ自由闊達な句柄でありながら、
基本がゆるがない。


   涅槃図の川となるまで象が泣く  克洋


   しやぼん玉地球の色の定まらず  克洋


   消しゴムを切ればまつしろ水温む  克洋


   一粒の雨にせはしく蝌蚪の国  克洋


   芯折るる音またひとつ大試験  克洋


   後戻りするもまたよし青き踏む  克洋


堀切さんは「銀漢」の同人なのだが、ちっとも銀漢ふうではない。
伊那男先生が才能を認めながらも、戸惑うわけだ。

でも、すごい人は、やっぱりいるのである。

驕ることなくなお一層の精進を……

という言葉が空疎に思える。



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2018年10月15日 (月)

秋祭り

この松前地方は田園地帯ということもあり、
毎年、きっちり秋祭りがある。
それはそれで風情もあるのだが、提灯の火が消えないように見張る当番など、
毎年いろいろな役目が回ってくる。
祭旗を立てるのは、12日の早朝6時。

今年は提灯当番だ。


   集落の賑わってをり秋祭り  一行





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   *

先日、地元テレビの「テレビ愛媛」で自句が紹介された。


   捨案山子ころがる石を見てをりぬ   一行



ボブディランの「ライク・ア・ローリングストーンズ」では
「社会から見放された人」として「ころがる石が歌われる。
選者も、捨案山子と絡めてそういう解釈をしたようだ。

だが私は、「ころがる石に苔は生えない」を念頭に置いていた。

捨案山子だって、捨てたもんじゃないんだという気概。

だから俳句は面白い。

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2018年10月 9日 (火)

帷子耀 2

帷子耀が現代詩手帖の投稿欄で、それまでの詩人たちを唖然とさせていたのは
1968年。

四方田犬彦は、この年をさまざまな意味での転機の年だと位置づける。
10年ほど前に現代詩手帖で「1968年」という特集が組まれたとき、
帷子耀を話題にしたのも彼だった。

私はその記事の中で、唯一の詩集「草子-別~スタジアムのほうへ」がまだ出版社に残っていることを知り、
すぐに「パルコぱろうる」に走って入手した。

そこにあるのが、投稿時代とはがらり変わった「日記」という
少女へのオマージュのように謳われる詩だった。

今度の全作品集では、散逸していた詩も収められているという。
ある意味で、詩人(と自称するのもおこがましいが)片山一行に
大きな影響を与えたこの人物のすべてが知りたい。

ノンフィクションにしたいぐらいだ。

現代詩手帖賞の選考では、寺山修司が他の選考委員を押しきる形で、
受賞が決まった。
あの頃、「飛ぶ鳥落とす勢い」だった寺山修司は、

「言葉の意味を否定しているところに意味がある」

と言った。時代だったのだろうか。



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2018年10月 8日 (月)

帷子耀のこと

私が高校2年ぐらい、詩を書き始めた頃、
「現代詩手帖」に彗星のようにあらわれた詩人がいた。

帷子耀(かたびらあき)

何度その詩を読んでもわからない。
驚いたのは、初めて投稿欄に登場したのが中学生だったことだ。
おそらく私より1、2歳下だろう。

その詩を見ながら、私は絶望的にさえなった。


 家霊ら泯ぶ血の栄ら
 塩のみ餮饕した蜘蛛ら
 羶き受罰ら大黒柱ら鼠ら
 花序の無限の無の花の果て

 …………

 各行、1文字ずつ増えていき、途中から1行の文字数が同じになる。

 とにかくさっぱりわからない。というより読めない。いま、漢和辞典を引っぱり出して調べてみると、
「泯ぶ」は「滅ぶ」の意味らしいし、「餮饕」は「てつとう」と読み、両方とも「むさぼる」という意味の漢字らしいし、「羶き」は「なまぐさい」と読ませるらしい。

 中学三年から高校1年の夏、彼はどんな思いでこの、誰も読めない字を原稿用紙に書き付けたのだろう。おそらく深い意図などなかったに違いない。

誰も読めない字を詩に紛れ込ませることの快感のようなものだけだったろう。

 帷子耀は1968年の4月号の新人投稿欄で初めて登場した。
選者である詩人たちから「言葉遊び」だとか「言葉の意味を否定している」とか言われながら、
翌69年は毎号のように投稿欄に掲載され、70年1月号で、現代詩手帖新人賞を受賞する。

このとき高校1年生。

だがランボーがすぐに詩を捨てたように、彼も数年で書かなくなった。


帷子耀の絶筆ともいえる 草子 別 「スタジアムのために」。

 奇妙な冊子で、「草子」というのが雑誌の名前なんだけど、「別」というのは
 別冊のことなのか、それとも「別れ」を意味しているのか……。

 いずれにしても、久しぶりに震えた。詩を読んで涙が出そうになったのは何年ぶりだろう。

 帷子耀の詩は、言葉というものの意味性を否定して、
記号のように物質のようにコラージュしていく、

 ある種の攻撃性に特徴があった。

 だから読んでも呪文を聞かされているようでさっぱりわからなかった。

だけど、ほとんど絶筆ともなったこの「スタジアムのために」の中の詩は、わかる。ちゃんと言葉に意味が持たされているし、
おぼろげながらも情景が浮かんでくる。

夢中の冬
夢中できみの両の手の鳩に火をつけると
鳩は
常緑の枝の折れ口へ
まっすぐに飛ぼうとしてまっすぐに
増水した
雪たまりの苦みに落ちる
出血することで
流された
樹液と
流れている
樹液の
へだたりをためそうとして
鳩の

鳩に

 

少女がいる
少女がいない

 まるで歌うように、ゆったりと言葉が流れてゆく。少女へのオマージュのように……。
そこには投稿時代にあった攻撃性も、詩壇へのアイロニーもない。
 おそらく彼は、「到達」したんだと思う。

   *

1968年4月号、中学3年の初めに現代詩手帖に登場して
1973年の4月--19歳か20歳のときまで5年間、
この早熟な詩人の心のうねりは、どのようなものだったんだろう。そしてその後、
地方で社会的に成功している彼にとって、十代の詩はなんだったんだろう。

たぶん私のように、「あの頃は感性があった、今はない」などということは考えもしないだろう。

だって捨てているんだから。書くことに別れを告げたんだから。

「ここには別れがある。詩との別れがある。それは詩へ向かう別れである。……」

彼は、こういう文章を冊子の帯に書いる。なんか痛切だよね。
おまえ、そこまで考えるなよ、と言いたくなる。

私が「帷子耀まがい」の詩を書いていたのが73年の初夏の頃。
あれは何かの発作のように、それまで書けなかった詩が、わーっと湧き出てきた。わずか2カ月ぐらいだったけど。

今月(10月号)の「現代詩手帖」で、四方田犬彦、藤原安紀子、帷子耀の対談が掲載されている。

若い頃、思潮社で持論を展開し、現代詩手帖賞そのものを無くさせてしまった「棘」は、
どこにもない。甲府を中心に手広くパチンコ業を営み、
たしか業界の幹部でもある。
座談会の言葉も謙虚だ。

月並みのことばだが、「丸く」なったのだろう。

彼の詩は、バラバラに散逸していたのだが、
今回「全詩集」が出ることになった。

帷子耀 習作集成

これまでめったに表舞台に出ることもなく、いわば幻の詩人だった。
その彼(本名は「大久保」さんだったと思う)にどういう心境の変化があったのだろう。

さっそく注文した。

届くのが待ち遠しい。






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2018年10月 6日 (土)

『尺蠖』の道

東京にいた頃、何度か句会で一緒だった、堀切克洋さんが
第一句集を上梓した。

『尺蠖の道』


タイトルからして、哲学の匂いもする。

幅広い句柄を持っている人で、私はまだ「堀切俳句とはこれだ」
というものがわからないでいる。

今回の出版は、文学の森の北斗賞受賞のお祝いみたいなものらしい。まずは1ページ目から……。


   てのひらを薄氷として持ちかへる


   恋猫のたとへばかの子ほどの恋


……2句並んだ句だけでも、バリエーションの広さを感じる。


   さんずいのものことごとく凍返る


   耕牛の一歩に変はる土の色


   迷ひ猫の写真も貼られ種物屋


   生まれ日の春泥ひかりごと跨ぐ



これが、俳句を始めて4、5年なのだから、参ってしまう。^^)v



   尺蠖の道ひろびろと使ひけり


タイトルともなっているこの句が、いちばん好きである。
シンプルでわかりやすく、しかしどこか深い。






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2018年10月 5日 (金)

「麦」について

今年の1月から、対馬康子さんが代表の「麦の会」に入った。
すぐに投句を始め、4月号から載り始めた。

「麦」には、地熱集(比較的上級者向け)と、原生林(比較的初心者向け)の2つの欄がある。
私は両方出している。

冊子の巻頭は対馬さんの「地熱深耕」という欄。
地熱集に集まった句の中から、優秀句を評付きで載せてくれる。

8月号で、


   音楽が吊されている立夏かな   一行


先日届いた10月号では、もっと前のほうに、


   地球儀に殺意の集う半夏生   一行


が。

殺意という「負」の言葉をは、使うことをためらわせる。ここでは地球上で絶え間なく起こる災害や紛争のことを俯瞰して言っているのだろう。半夏生という日本古来の気候風土が、うまく受け止めている。


ありがたい。
7月号では「誌上句会」で第一席だったし、
まずは順調。
再来年には同人になりたいものだ。

「麦」へは13句投句するのだが、詩を書く延長線上で5、6句は出来る。
水が合っているようだ。





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2018年9月22日 (土)

詩を少し……

定型詩から離れて、少し詩を書いてみた。
来年には詩集をまとめたいのだが……


川の向こうにあるものは 



みじかい男がもやもやと歩いている
川は大きく蛇行し
道もそれに沿ってぐにゃりと続く
石器時代の埴輪が
道の下には眠りこけている
うつくしい水が
うつくしい流れを誕生させるカーブは
光をともなって動く
熊蝉の声がそこにかぶさる
「ホテルカリフォルニア」の長い前奏が
頭の中に心地よくひろがるとき
無題の詩が
ひとりの男をここに導くのだろう
傍らを辷る川は必ず海峡を過ぎた凪に着くことを
私は生まれる前から知っていたような気がする

川の尽きるところに海峡がある
いくつもの川が
磧の乾きを潤しながら訥々と流れ込む
どんな小さな湾にもそれぞれ違う沖があることを
私は納得しながら自覚する
それはたぶん鮮やかな自覚だ――そして
私が自分のいのちを自覚する瞬間だ
私はどんどん大きくなり
一枚の絵葉書を書く
誰へ向けて?
それは後ろの私が知っている
ためらいを知らない薄墨色の私が知っている

今日が未来を生み出す
そのむなしいけれど当たり前の繰り返し
私はそれにどこまで慣れきったのだろうか
空を飛ぶ
空が空を飛ぶ
私はほとんど無感覚でそれを眺めている
そして同じように
違った水が湾に流れ込むのだ
川を船にして






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2018年9月20日 (木)

月野ぽぽなさんのこと

ぽぽなさんと知り合ったのは数年前。
東京の、伊那男先生が経営する「銀漢亭」だった。

今は、ネット句会「松前句会」でご一緒している。


「俳壇」10月号で、新作10編が掲載されている。
これも句友の堀切克洋さんが「ぽぽな論」を書いている。

こちらも読ませる。


   目隠しの解けて色なき風の中   ぽぽな


   きょう咲いた朝顔あした咲く朝顔   ぽぽな


   ラザニアの断層たわむ昼の月   ぽぽな


   ヨークシャーテリア白桃より軽し   ぽぽな


   解体の響きに釣瓶落しかな   ぽぽな


   武器だった鉄に小鳥が来てとまる   ぽぽな


   霧の夜を原生林のように眠る   ぽぽな


   月あかり文章ふくらませている   ぽぽな


   銀漢を舟ゆっくりと向こう側   ぽぽな


   竜淵に潜んで一粒の地球   ぽぽな



……自在だなあ、こういう句を詠みたいものだ。



   水澄みてウッドデッキに昼の虫   一行


   細く細くずつと続いて昼の虫   一行




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2018年9月18日 (火)

然々と 2

伊那男先生の「然々と」より……。

  止り木は男の居場所月の雨   伊那男


  会ふたびに変はる名刺や鰯雲   伊那男


  石たたき叩き回りて川暮れぬ   伊那男


  虚栗蹴ればふるさと異郷めく   伊那男


  秋風を聞きたる橋の半ばかな   伊那男


  家系図の一人に吾が名零余子飯   伊那男


……実にシンプルで分かりやすい句ばかりだ。
しかし只事俳句ではない。

この域に達するには、相当の時間が必要なのだろうと思う。


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